1月の青年会「ヨブ記を読もう 第17回」の報告
1月18日(日)礼拝終了後、二階集会室にて開催しました。
初めに参加者が集まり始めたところで、ギターの伴奏でWe are one in the Spiritを歌い、その間に参加者が揃ってきたところで、12時過ぎ開会の祈祷を行い、再度ギター伴奏でWe are one in the Spiritを歌いました。そのあと、ヨブ記30章について並木浩一著「ヨブ記を読もう」の該当箇所のところを解説しました。その後はヨブ記の学び、また日々の生活の中で感じていることなどを茶菓を交えて分かち合いました。
ある参加者からは、ヨブの経験したような不条理な窮地に陥ったことを夢の中で経験したことが語られました。また、ヨブ記30:23の「生けるもの全てが向かう集いの家」とは何かが議論に。並木浩一著「ヨブ記註解」によればそれは「陰府」の言い換えとのことであるとのこと。旧約時代には「陰府」はどのように捉えられていたのだろうか。詩編88編などでは「暗黒」「無」の世界。生き物が死後行くところと考えられていたようです。この世の旅の後に、永遠の「神の国」に到る道が開かれるというキリストの十字架の死と復活が新約の本質なのだ、といった議論になりました。あとは日々の生活の中で感じたことなどを分かち合って13時過ぎ散会。
次回2月15日(日)も礼拝後二階の集会室で開催します。ヨブ記31章、並木浩一著「ヨブ記を読もう」第6章「潔白の誓い」(P.152〜162)。Amazing Grace、We are one in the Spiritを歌います。今後も新しい讃美歌を採り入れて行きたいと思います。
⁂青年会は毎月第3日曜日、主日礼拝の後に2階集会室にて30 分~1時間ほど。誰でも参加自由です⁂
ヨブ記を読もう 第17回(2026/1/18)
現在の悲惨(30章)
北原和夫牧師
ヨブと友人たちの論争を経て、29〜31章ではヨブは神に直接対決を試みます。29章では神が過去においてヨブを祝福してくれたことを述べ、30章では一転して現在の悲惨な状況を確認します。
1〜8節では、今自分を嘲笑している「成り上がりの者ども」が過去においてどんなに人々から蔑まれていたのか、を述べます。
9〜15節でその成り上がりの者どもが自分を嘲笑して攻撃してくるのだ、と訴えます。並木先生の解釈では、ヨブ記が書かれた時代は、ヘレニズム時代で社会変動があり、新しい支配層の人々によって伝統的な人々の地位が低くされた状況を反映している可能性があるとのこと。確かに、詩編38編、88編には出口の見えない悲惨な状況が歌われています。
16〜19節では、神が衣となって自分を捉えて泥の中に投げ込む、とまで言っています。
20〜23節では、神を「あなた」と呼び、信頼を示しつつも、自分を死に至らしめようとする神の横暴を訴えるのです。
24〜31節で、ヨブは自分の不幸な状況を総括します。自分は廃墟のようになってしまった。人は廃墟のようになったところには憐れみをかけることはあっても、さらに不幸に陥れることはしないものだが、神は光を求めた自分に闇をもたらしたのだ。期待したのとは反対のことが起こり、心から憤っています。神が正義を失ったように思えることに対して苦悩するのです。もう自分が人間らしさを失ってしまって、動物のような感性になってしまっているのではないかとも思いつつ、一方動物ほど頑丈でなく、陽によって焦げてしまう人間としての自分を見る。楽器も悲しみの音しか出さない。なんともやりきれない気持ちを述べているのです。
このようなやりきれないヨブの状況を読んで、ふと現在の世界の争いの状況を思います。民主主義の制度、平和の仕組みなど、人類がなんとか漕ぎ着けてきた枠組みが危機的な状況にあるように見えます。ヨブ記が社会変動の時代に書かれたという並木先生の指摘もあり、私たちが学ぶべきことは何か考えてみたいと思います。
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