忘れられない「あの日」

 四度目の「3・11」を迎えた。メディアはこぞって4年経った現地の様子や復興の現状を伝えてようとしている。
 しかし、被災地からもともと遠く離れた所に住まう多くの人々にとって、「あの日」は連日思い起こす出来事ではなくなっている。大きな衝撃を与えたあの出来事は、すでに日常のかなたに遠のいてしまった。
 津波の被害を受けなかったところ、原発事故の影響が比較的軽微だったところ、そこでは現地の人々でさえ「あの日」を振り向き続けているわけではない。わたしの実家がある仙台で、津波の被害がなかったところは、見た目では「あの日」以前からある生活がそのまま続いていると言える。
 人は忘れる。どんな大惨事を経験しても、いつしか人はそれを思い返さずに過ごせる時を迎えていく。
 四年前の「3・11」の直後の主日礼拝の説教で、思い返すとかなり動揺しながら、わたしは次のように語らされていた・・・。
 『かつて、私たちの多くは、言葉にならない悲惨な状況を経験してきたはずです。戦争、敗戦直後の混乱、度重なる多くの自然災害、多くの凶悪な犯罪・・・。その原因や規模の違いはあるとはいえ、言葉を失ってしまう多くの悲しい出来事を経験してきたはずです。その厳しい現実を見せつけられてきたはずです。』
 『ところが、そのような私たちは、いつのまにか、そのような時があったことを、まるで忘れてしまったかのようになってしまってきました。20年、30年、50年が経っていくと、あの時の忘れがたい光景や受けた衝撃が、私たちの心の片隅に遠のいていってしまっているのではないでしょうか。』
 『次第に目の前にある日常の現実だけを見るようになってしまい、語り続けるべき言葉を語らなくなってきた。思い出すべきことを思い出さなくなってきたのではないでしょうか。私たちは、今回の大災害の前にただ沈黙するのではなく、主なる神の前に黙するべきでありましょう。危機的状況が続いているこの現実に対して、自分には何をすることが求められているのか。その答えを求めて、真剣に、誠意をもって黙するべきではないでしょうか。』
 人は確かに忘れていく。しかし、「もう忘れてしまいたい辛い出来事」を抱えながら、「忘れられない出来事」として受け止めて、それを新しい出発点にしようとしている人々が大勢いる。
 忘れられないあの日の出来事が次の出発点となっていく・・・。沈黙のうちに立ち上がってゆく人が現われてくる。忘れられない出来事が次の何かを変えていく力となっていく。
 あの大惨事となった「3・11」がもたらす沈黙は、それぞれにとって本当に大切なことに、本当に忘れてはいけないものに、立ち戻るよう促し続けている。

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