エルサレムにて

 神学校の研修旅行でイスラエル各地を巡っている。
 キリスト教地区、ユダヤ教地区、アルメニア地区、イスラム教地区が混在するエルサレムは奥深い。
 聖と俗、歓喜と憎悪、静粛と喧噪、融和と対立、親睦と無視、非暴力と実力行使、自己犠牲と自己中心、沈黙と雄弁、誠実と騙し、罵声と祈り、幼と老、それに死と生・・・定住者と訪問者が行き交う中で、それらすべてが、そう広くはない範囲内で同時並行で進んでいる。
 ここは異なる宗教が隣接しあう特殊な領域・・・そうひとくくりにはしたくない。ここは、この世界にある異なる宗教や価値観を超えた「人間の現実」の縮図なのだ。
 他者やそこにある社会に現れている現実を指摘するのは簡単だ。自分が見たまま、聞いたまま、気が付いたままを、ただ語っておればよい。しかし、それでだけでは自分にとっての大きな意味も大切な価値も生じないだろう。
 キリスト教会は、エルサレムの街にあるような「人間の現実」と正直に向き合う。今日まで生きてきた自分、そして今の自分にある現実を聖書の言葉から見据える。そこから、自分の生について、誰と生きているのか、今どこで何をして生きているのかが見えてくる。
 今まで気付かずにいた自分の真実を発見し、今まで味わっていなかった自分の意味を次々に受け止めていく・・・。そのために教会はある。

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