10月2日の公開講演会

 10月2日(日)の午後に行われた公開講演会には57名の出席があった。「キリスト教会と現代のカルト集団」というテーマを掲げたので一般の出席者はあまり多くないだろうと予想していたが、新来会者も含めて意外と多かった。反社会的な活動をしているカルト集団について以前から関心があるにはあったが、こうしたテーマで話を聞く機会がこれまでなかったという感想を多くいただいた。

 特定の集団を具体的に挙げるというよりも、カルト集団かそうでないかを判断する指針やそうした集団から現れ出ている実態、カルト集団が勧誘の狙いを定めている人物像、なぜカルト集団に人々が入っていくのか、日本社会の宗教に対する感覚(特に信教の自由について)などを話題の中心とした。

 カルトcultに対しては否定的な印象を持ちながら、カルチャーcultureに対してはほぼ無条件でよいイメージで考えてしまう日本社会。その両方の語源は、祭儀や礼拝といった概念で重なっているのだが、カルチャーと宗教は背後で強く結びついている、とはあまり知られていない。

 何を拝むか。誰にひれ伏すか。それによって「文化」の根幹が形作られていく。受け継ぐべき大切な価値観や行動規範としての文化を無意識のうちで受け入れ、支持し、従っていっていく。日本社会にある文化をめぐる受け止め方、尊ばれている文化や教養に対する感覚について、私ももっと多角的な見方ができるようになりたい。

 近代において【信教の自由】という概念を提示したキリスト教を受け継いでいるキリスト教会は、歴史上これまで誰もが経験したことのない、孤独社会、孤立社会、無縁社会という、人と人との関わりが消えかかっていく現実を、新たな言葉で語る責任がある。金融社会、情報社会、格差社会など、今も進んでいる巨大な近代化がますます深まる中、人間関係につきものの煩わしい利害を超えた、健全で信頼に満ちた人間どうしの結びつきを、どう実現していくか。

 一教会の牧師ひとりの力ではどうにもならないかもしれないが、再び結びついていくという「宗教religion」本来の意味が、健やかに実現している・・・そうした教会の本来の姿に常に立ち帰っていこうとする感覚に陰りが現れないように自戒したい。

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