島を訪れて

 この夏、太平洋に面したとある離島を訪れる機会があった。亜熱帯に近い気候に包まれ、学生時代に訪れたフィリピンのレイテ島を思い起こさせた。

 この離島にコンビニは一軒もない。台風などで海が荒れると生活物資が陸揚げできずに商店の棚がカラになるという。この島が気に入って移住してくる人もいると聞いたが、全体として人口も減少気味らしい。

 それでも教会はある。しかも長い歴史がある。地理的な困難や生活上の不便があったとしても、そこに教会はたっていく。いや、新約聖書の使徒言行録が記しているように、様々な制約があるからこそ、その地には教会がたっていくのだろう。長い歴史があるゆえに、その島では教会が地域に根付いている。

 滞在中の夜、一時的な激しい雷雨で停電となった。ロウソクの灯が明るく感じた。この国全体からみれば、離島にある教会は、ほんの小さな灯のような存在に見えるかもしれない。しかし、停電したときのロウソクのように、教会は、この地にとってなくてはならない存在なのだ。

 少子化、高齢化、産業空洞化、地方の過疎化・・・日本社会はそのような元気がなくなる言葉と現実に対して、長らく打つ手を見いだせないでいる。自然豊かな各地の離島も、人口が多い大都会も、大きな変動にジワジワとさらされている。

 心意気が停滞しがちになるこの国の将来に向かって、たとえ小さくても、変わることのない確かな光を掲げているところがある。それがキリストの体である教会なのだ。大都会でも、町でも、離島でも、教会はその地にあって輝き続ける。

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